尾関 雅次郎(おぜき まさじろう)
(天保15年~明治25年)
尾関 泉とも。
大和高取出身。
尾関 弥四郎の弟。
新選組隊士。
文久3年6月頃入隊。
諸士取調役兼監察。
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池田屋事件の際には屯所に残り、
不参加であったが、
その後の元治元年12月の編成では、
旗役として土方歳三の脇を固める任に就く。
慶応3年6月、
幕臣に取り立てられ、
見廻組並御雇の格を受ける。
これを機に、名前を「泉」と改名した模様で、
以後の記録に(尾崎)雅次郎の表記は無い。
鳥羽伏見の戦いを経て江戸に帰還後、
各地を転戦するが、
慶応4年閏4月27日、
会津大谷地村で負傷する。
その後、蝦夷へ渡航し、
新選組指図役となる。
箱館戦争では弁天台場に籠城後、
明治2年5月15日に降伏する。
降伏後、青森県弘前市の薬王院に収容され、
さらに弁天台場へ送られた。
明治25年2月28日、
奈良県高取町で死去。
享年49歳。
墓所は光雲寺にある。