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【伊東甲子太郎の指示で新撰組のスパイへ】諸士取調役兼監察 茨木 司(いばらき つかさ)【文武に秀でた新撰組隊士 】

茨城 司(いばらき つかさ)

 
(?~慶応3年6月14日)
 
藤原忠信、平昌業とも。
 
陸奥中村出身。
新撰組隊士。

 
慶応元年7月ごろ入隊。
勉強家で文武に秀でており、
剣柔術を免許以上に使ったため、近藤勇に重用された。
 
 
また、伊東甲子太郎にも重用され、尊王攘夷思想の強かった茨木は
伊東派に接近するようになる。

 
大柄で正直すぎる性格のため、
物に迫る性質だったと阿部十郎は記録している。
 
慶応元年7月、
入隊直後に伊東甲子太郎らと不逞浪士探索のため奈良へ出張。
同2年9月、制札事件に参加する。
 
 
翌3年3月の伊藤らの分離に同道を望むも、
近藤勇の慰留で断念し、
伊東の密命(スパイ)を受け、新撰組に残留する。 
 

 
五条善立寺に伊東一派屯所を密かになんども訪れ、
新撰組の情報などを阿部十郎らに伝えている。 
 
 
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当初隊内では、
伍長職、
後に諸士取調役兼監察に任にあったが、
同年6月の幕臣取り立てで見廻組並の格を受けるが、
これに反発する。
 
 
佐野七五三之助ら9名の伊東派隊士と脱隊を進言し、
下立売の京都守護職邸で近藤らと会談を行うが、
約定により、新撰組から伊東ら孝明天皇御陵衛士屯所の移籍は
禁じられていたため、
進退窮まり同志3名その場で自刃した。
 
死の直前、
軽格の同志6名の脱隊を新撰組に認可させた。
 
 
遺骸は新撰組の手で、
翌15日に光縁寺に埋葬されたが、
慶応4年3月13日、
旧御陵衛士らによって改葬された。
 

 
墓所は、
京都市東山区泉桶寺山内29の戒光寺墓地にある。
 
 

 
 
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