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【箱館政府総裁となった軍艦奉行】榎本武揚(えのもとたけあき)【五稜郭で切腹?】

榎本武揚(えのもとたけあき)
 
(天保7年8月25日~明治41年10月26日)
 
釜二郎、和泉守、染川(りょうせん)とも。
 
伊能忠敬の愛弟子、榎本武規(円兵衛)の次男
 
学問所「昌平黌」で学び、嘉永7年には堀織部正(ほりおりべのしょう)に従って蝦夷地に赴く。
安政3年に長崎海軍伝習所に入所し、江戸に戻って海軍操練所教授となる。
 
文久2年に幕府がオランダに軍艦を発注したのを機に留学。
様々な見聞を広めて完成した開陽丸と共に慶応3年に帰国し、
軍艦奉行となる。
 
 
(画像は開陽丸)
 

 
 
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鳥羽伏見の戦いを前に艦隊を率いて大坂に向かい、
慶応4年1月2日には開戦に先立って薩摩藩輸送船を砲撃し、
4日には、薩摩艦船と阿波沖で日本最初の蒸気船同士による砲撃戦を行った。
 
その後、伏見方面から敗走する新撰組と出会い、
この時、土方歳三との初対面となったと言われるが真偽は不明。
 
江戸帰還後、
新政府軍による艦隊引き渡し要求に応じず、
8月19日夜に品川を出港し仙台に向かう。
 
その後、会津戦争に敗れた旧幕軍と合流し、
10月20日に蝦夷鷲ノ木浜に上陸すると箱館を目指し、五稜郭に入城。
松前藩を討って蝦夷地を占領することに成功するが、
江差の戦いの際、
暴風の為、開陽丸は座礁し沈没した。
 
 

 
 
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12月に士官以上による選挙を行い、
箱館政府総裁となる。
翌年4月から始まった新政府軍の攻撃によって箱館市内も占領され、
孤立した五稜郭は5月18日に降伏した。
榎本武揚は降伏の意を決して切腹を計ったが、
部下に妨げられて果たせなかった。
 
降伏した後は、
3年間入獄し、後に新政府に出仕して北海道開拓使をはじめ、
特命全権大使となってペトログラードで樺太千島交換条約を結ぶなど、
外交部門などの要職を歴任し、子爵となる。
 

 
京都に行ったおりに、
西本願寺勤務の島田魁を宿舎に呼び、旧友を暖めようとしたが、
居雑されたというエピソードが残っている。
 
 
墓所は、
東京都豊島区駒込の吉祥寺にある。
 

 
 

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