安藤 勇次郎(あんどう ゆうじろう)
(?~慶応4年)
新撰組隊士。
勇二郎、勇三郎、勇太郎とも。
上総出身、山城京都とも。
主計。
慶応元年7月以前に入隊し、
諸士調役兼監察、七番組伍長を務める。
慶応2年9月12日の三条制札事件では、
奮闘し報奨金15両を受けた。
翌3年6月10日の幕臣取立てでは、
見廻組並の格を受ける。
翌4年1月、
鳥羽伏見の戦いを経て江戸に帰還するが、
ほどなくして病死。
墓所は
東京都北区滝野川7丁目の寿徳寺境外墓地にある。
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